One Octave

目指すは「unique」な音色。大切なのは日常。                                               

何だか寝つけない夜だった。
そうかと云って、寝苦しいわけでもなくて。

水面の波紋のように、静かに揺れ広がるような感じ。
そのような心の揺れを感じた。

静かな朝を迎えて、このまま一日を始めようとした頃
親友から連絡が届いた。

「Aさんが、○時○分に永眠されたよ。」
雫_b0088089_1572010.jpg



生きることは困難でもあること
でも諦めないこと
さまざまな恐怖と苦悩
人に対する温かい言葉
明るさ
可愛らしさ
患者ではなく、本来の姿を知る大切さ
生きることは強く儚いこと

彼女から感じたこと教えられたことが、廻 (めぐ) った。

「Aさん、ありがとうございました。」
「また、会おうね。」

光が差す静かな朝、夜明けの波紋が鎮静した。
旅立ったひと雫の命に、水鏡のように祈った。



Aさんは、私にとって最後の受け持ち患者さんだった。

私が退職する時期、彼女の病状は優れなかった。
とても悩んだけれど、彼女には伝えられずにいた。

退職する最後の日は、担当でもないのに顔を見に行き
いつものように話を聴いて、さすることしかできなかった。
私をみつめる柔らかい表情を前に、とても云い出せなかった。

結局云い出せないまま、私は去った。

その翌朝、彼女が私を呼んで欲しいと云ったらしい。

去る前に私は、仲間たちの意見も伺いカンファレンスした。
「彼女に、bud news (退職すること) は伝えない」ことにした。
スタッフの人数も多くチームで看護する形だったので、
状況をみてからでいいだろうということにまとまった。

ところが、それを知らなかったスタッフが真実を伝えた。
私がもうここには居ない、という真実を。

その日、彼女は子どものように泣きじゃくっていたらしい。
その様子はあまりにも印象的で、すぐに私の耳に伝わった。

それを知った瞬間、私は後悔した。

彼女には、本当のことを、本音を、素直に伝えるべきだった。
彼女にとって、私の存在は、予想を遥かに越えて身内にあった。

スタッフに了承をもらった後、私は会いに行った。
面会時間帯ギリギリの、静かな病棟を選んだ。

カーテン越しに、「Aさん。」と呼んだ。
いつものように「はい。」と答え、僅かずれて「え?」と反応した。

顔を見せると、数日前の彼女が想像できた。
「ziziさ~ん.....」と顔をくしゃくしゃにして泣いた。

私は、ごめんねを数回繰り返した。
そしていつものように、彼女の辛い場所をさすり続けた。
やっぱり、私にはそれしかできなかった。

涙が引いた後、彼女は心情を教えてくれた。
「居なくなったって聞いて、めっちゃ泣いたよ。」
「その日は一日中へこんで、めそめそしたよ。」
「それから、ありがとうって伝えたかったよ。」
「あともう一回でいいから、会いたいと思った。」
「ありがとうって云いたかったよ。」
「本当に.....ありがとう。」

そう云ってくれた彼女の表情は、「今日一番の笑顔」だと
家族さんも笑顔になった。

彼女の人生のなかに、私が居た。
それがとても幸せだと感じた。

「また会おうね。」
そう最後に伝えて、笑顔で手を振った。

それが最後の言葉だった。
by black-dolphin | 2012-10-07 06:59 | 和の話

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