目指すのは「unique」な音。 大切なのは、日常。                                               
by black-dolphin
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Spiritual pain

私は、ずっと大切にしていることがあります。

それは、どんな存在に対しても真摯に向き合うこと。
自分の眼できちんとみつめて、心で感じて、判断すること。
そして、それが間違いでないように言葉で伝えること。

私は本来、自分に自信なんて全くなく、コンプレックスの塊でした。
人の言葉に、行動に、すぐ勝手に傷つくことが多かったし、
どうしてそんな言動をするのだろうと、疑問や不満ばかり感じていたように思います。
そして自分も、どうしてこんなにも魅力がないのだろうってばかり考えていました。

でもいつからだろう。
私は私でしか生きられないんだと気づいたとき、私こそ大切にしなくてはと変化した。

きっとその瞬間から、私の世界は変わっていった。
心が楽になって、私を育てることに集中できるようになった。

私とは違う「誰か」をも大切に思いたいと、そういう心が持てたように思います。
この仕事に幸運にも就け、日々大切なことに気づかされ、医療者の一員となりました。

でも世界で一番大切で、救われなくちゃならなかった命を、私は救えませんでした。

自分が今まで築いてきた、知識や看護を活かすことができなかった。
それはどんな理由が絡んだとしても、私はきっと最善を尽くせなかった。
それに気づいているから、私はそれを「罪深い」と感じてしまうのです。

私はこの5ヶ月間、今までにないほど傷つきました。
心ではなく、もっと深い霊的な場所で。

人を非難したり、悪く云うことは本当に好きではありません。
こんなことがあっていいのだろうかと、何度も自問します。
傷ついたあの霊的な場所で、相手を責めたい感情が生まれてしまいそうになります。

私は、「怒」に似たこの感情を、なかったことにしたいです。
正直この汚い感情は、認めてしまうことが怖いし、云いたくもない。

でも私に足りなかったのは、人間にとって必要な大切な感情。
そんな感情を、初花が身をもって教えてくれたんだと思います。

あんなきれいな存在だったのに。
私なんかのために。

この感情を以って、私は一番の罪深い存在なんだと思いたいのです。
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いまだに迷いはあるけれど、ここに覚書する。

この感情の大前提は、私が根源であることを忘れてはいけない。

私自身が罪深い存在なんだと、そう感じないと、辛くてやりきれない感情が
どうしても生まれてしまう。
多からず少なからず、初花の死へとつながった理由や存在を責めてしまいそうで、
それが私にとって辛く苦しい。

約5ヶ月、私は患うものの家族として色んなことを感じ、傷つき、思い悩んだ。
驕(おご)ること、責めること、心の眼でみないこと、相手の言葉を聴かないこと、
哀しくて、本当にやりきれない思いを何度もした。
病院の診察室で、帰り道で、私は何度も涙が出た。
相手に解かってもらえないことは、本当に辛くて哀しい。

初花の何かがおかしい。

そう感じているのに、私はそこからもう一歩踏み出してあの人に意見できない。
「手術をしなくてもいいんですか?」
「こんな症状は、あの病気が心配です。」
「この症状が、気になる。」

そこまでしか云えなかった。
私は100%初花の家族として、存在しなかった。
獣医のプライドを傷つけてまで、強い言葉を訴えることをしなかった。

でもずっと、怖かった。
初花が居なくなってしまうかもしれないと、ずっと怖かった。

私は、初花を最期まで守ることができなかった。
亡くなる10日前にも受診したのに、相手の意見に流されてしまった。
もっと考えれば、色々方法はあったはずなのに。

私の直感や初花への思い込みが強すぎるのだ。
そう思わずには、自分が壊れてしまいそうだった。

自分の精一杯の言葉を、同じ医療者が指摘する。
検査結果は問題ないのに、手術のリスクを考えろと。
検査の結果がこれで、それは考えられないと。
それは、飼い主と犬の関係性の問題だと。
亡くなる10日前には、精神安定のサプリメント処方を考えるかと。

何度となく、獣医や看護師の呆れられた表情や言葉、態度を目の当たりにした。
医療者としてこつこつと積み上げた自信は、簡単に崩れ去った。
違う病院へ行くという、恐ろしく簡単で正しい選択肢さえも考える気力がなかった。

確かに初花は、社会性があまりなかった。
私は飼い主として、それを知らない罪をすでにひとつ犯していた。
その罪を知ったのは、初花が大人になってからだった。

私がきちんと社会性を育てていれば、初花の病気をみつめてもらえたかも知れない。

でもそれがもしあってもなくても、初花を守りたいと云う気持ちが足りなかった。
覆せなかった私は、弱いのだ。
よい意味ではなく、私の弱さそのものだ。
私がもっと強くあれば、もっとよい道があったはず。

亡くなる前日、初花は元気がなかった。
実家の犬も夏バテになり、同じような症状だったと聞く。
でも、何かが違う気がした。
呼んでも来ない。
足に力がない。
水を欲しがらない。

その日は富士山に登る前日のことで、親友と祈願登山を計画していた。
富士山に登って、初花の健康祈願しようと早朝に出発した。
初花をぎゅっと抱きしめ、「待っててね。」という気持ちがあった。
離れがたい気持ちになった。日記にそう残ってある。

何か嫌な予感があった。
母に初花を朝一で受診させてもらうように頼んで、私はバスに乗った。

あの時、バスの中で私は登頂することがイメージできなかった。
富士山に入る前、私は母に電話した。

母は涙声で、「相当悪いみたい。」と云った。
嘘だという信じたくない気持ちと、やっぱりとうとう来たかという気持ちが共存した。

実家近くの違う病院で診てもらった時、初花は相当しんどかっただろうと云われた。
とっても我慢強いワンちゃんだと、撫でてくれたらしい。
そして最期に、覚悟して下さいと、宣告された。

母にこんなにも厳しい場面に立ち合わせてしまった申し訳なさと、
初花の立場になってようやく診てくれたという思いと、
初花に相当辛い思いをさせていたんだという思いがウワっと押し寄せた。

インターからタクシーで飛び出し、高速バス、新幹線、電車と乗り継いだ。
それは奇跡のようだった。
早く初花のもとへ行きたくて、仕方がなかった。
名古屋に着くバスの中で、父からの電話が鳴った。

「どうやら、お前を待ってるみたいやぞ。」
そう父が穏やかな声で云った。
初花はずっと閉眼して、横になっていると云う。
堰きとめていた涙が溢れ出しそうで、必死に耐えた。

初花が亡くなる数日前から、私は体調を崩していた。
原因もよくわからず、全身に直視できないほどの発疹が出た。
痒みで眠れない日々が続いた。
仕事でも辛いことがあった。
初花が亡くなる一昨日、私は10年ぶりに寝坊した。
あの日の朝、私は初花の状態をしっかりと見てやれなかった。
その日の仕事帰り、自転車が盗難にあった。
翌日も朝から自転車を探しにでかけた。
夕方帰った時、初花はおかえりのハグをしに来なかった。

それが初花の精一杯のサインだったんだ。
初花はきっと、一人で耐えていたんだ。
この数日、私は自分しか考えていなかった。
また罪を犯していた。

初花が一人のとき、どんな思いをしていたんだろう。
そう思うと、今でも心が苦しくなる。

亡くなる夜、必死で生きる初花と2人っきりで過ごした。
初花は、私が予測する時間よりも長く生きようとした。
その姿を、あの人たちに伝えなければと思った。

電話すると、「連れてくるか来ないかは、あなたの判断だ。」そう看護師が云った。

連れて行くと、私はすでに少し後悔した。
「どうしてこんなになるまで放っていた。
なぜ朝にすぐ連れて来なかった。
何もしないでこの状態に手をあぐねているのはどうかと思う。」
そうあの厳しい眼で云った。

自分が以前から云っていたことが、現実になった。
「私がずっと前から心配だって、何度も云ったのに!」
そう云いたい気持ちが、喉元まで零れてきそうだった。
ここで云ってしまっても、きっと響かない。
初花の今を守ることが優先だと、言葉を呑みこんだ。

私はまた、私というものをみるみる見失った。
「放っておいた」という言葉と共にあるあの人たちの冷たい姿に、
「看取るということ」が見えなくなった。
私の判断は間違っているの?
「看取る」時期ではないの?
「今、救える命」なの?
ぐるぐると思いが巡った。

「救えるか救えないかではない、救うか救わないかだ。」と彼は云った。
「救わない」ことを選択できなかった。
この場面も、私の罪だと思う。
緊急手術の方向へと、話は進む。
状態安定をはかって、夜ないしは明日の朝には手術することになる。

初花を預かると云われ、私はとぼとぼ歩いて家路に着く。
母が心配で、仕事を終えて駆けつけてくれる。
看取るつもりでいたから、私は昨日から全く寝ていなかった。
いつから眠ってないだろう。
母が少し休息するように云ってくれるけれど、胸騒ぎばかりして
心が休まることがない。

初花を置いてきぼりにさせたような気持ちばかりが募る。
本当によかったんだろうか―。
そう後悔に似た迷いが心に生まれた瞬間、あの厳しい言葉や視線がよみがえる。
ことごとくすれ違ってゆく、私の考えや判断。
初花に本当に申し訳なくて、気が遠くなりそう。

夕方、初花の容態についての連絡が入る。
「血糖が少し安定し、伏せの姿もみせ、吠えたりもしている。」との事。

心が久々に安堵した。
久々に光が見えた気がした。
また初花と散歩して、お腹に乗せてうたた寝できる。
そういう日を想像した。

電話を切った数分後、再び電話が鳴った。
「初花ちゃんの呼吸が停止したので、すぐ来て下さい。」
現実に再び戻された気持ちになった。
私はそのまま駆け出した。

病院に着くと、初花は心臓マッサージをされていた。
解かりたくもないけれど、初花のモニターは獣医の圧迫による振動だけが反映していた。
「もう生きてないんだから、そんなにしなくていいよ。」
心の中でそう何度も呟いた。
でも涙が出て、初花に語りかけたくてその他はもうどうでもよかった。

意識が戻って、知らない人ばかりで怖かったのかな。
置いてきぼりにされたって思わなかっただろうか。
最期は何を思ったのだろう。
私の笑顔が、あの子には見えただろうか。

最期を見届けてあげられなかった。
すごく悔やむけれど、でもそれでよかったのかも知れない。
初花には寂しい思いをさせてしまった。
けれどもし見届けられていたら、私は簡単に救われた気持ちになったかも知れない。
看取ってあげられたって、簡単に思うかも知れない。

初花は、手術する前に命を終えた。
病院嫌いだったから、手術が嫌だったのかな。
でも手術をしていたら、確実に初花は術中に死んでいた。

「これでよかったんだよ。」と初花に云われた気がした。
初花の愛は、私のそれよりも深い気がした。

数時間前に呼吸しているか何度も確認しながら、同じ道を歩いた。
静かになった初花を連れて、同じ道を歩いて帰る。
信号の待ち時間が、永遠に感じる。
あの時に戻りたいと思う。
眠っているみたい。
でも何だか初花が軽い。
魂の重さってあるんだ。
そう実感した。

その足でマンションの屋上に行き、最期の散歩をした。
初花を抱っこして、空を仰いだ。
そして人目も気にせず、声を出して泣き叫んだ。

自分が一番罪深いと感じたほうが、私には救われるのです。
私が罪なら、初花へいくらでも語りかけられる。

哀しいけれど、私は心なんか病みません。
病む理由がない。
せっかく繋いでくれた命を、私が繋げないと。

医療者として、
一人の人として、

その人の言葉や心の声に耳を傾けて、
その人には大切な家族がいることを想像して、
大切なたった一度の命があることを忘れないで。

忘れてはならない大切なことと、生きるということ。

感度の低かった私の感情、
傷ついたけれど豊かにしてくれた心、
直感や心にひっかかる感覚がいかに大切かということ、
自分を信じてあげること、
人を信じることは自分に責任があるということ、
こんなにも愛おしい命が存在し出逢えたこと、
そして、それ以上に愛され生きてきたこと。

これから私が、それらを持って繋げること。

初花が教えてくれたことを抱きしめて、これから残された時間で何ができるだろう。
次に初花に出逢えたときに、胸をはってただいまとハグできるように。

ここまで読んでくれた方、感情をさらけ出して申し訳ありません。
私の感じている痛みを、あなたに知って欲しくなりました。

いつも心配し、言葉を選びながらコメントを残してくださる人たちへ―

                                          Zizi
by black-dolphin | 2010-08-30 23:56 | 和の話
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